トラウマ(心理的外傷)とは?そのメカニズムと治療法-「ビッグ T」と「スモール t」トラウマについて

トラウマ(心理的外傷)とは?そのメカニズムと治療法

私たちは病気になったり怪我をしたら、ただちに応急処置をして必要な治療をうけますよね。しかし、心の傷は治療せずそのままにしておくことが多いのは、どうしてでしょうか?

普通に生活していても、身体を壊して病気になることもあるように、精神的に病むことだって当たり前におこることです。そして、身体の病気や傷をそのままにしておくと、こじらせてもっとひどくなることがあるように、心の傷もそのままにしておくとその爪痕が深い心の傷となって後々の人生に影響を与えます。

海外においては、自分のメンタルヘルスを維持するために、カウンセリングを定期的に利用することは当たり前になってきていますが、日本ではまだまだです。本来なら、心の傷も体の傷と同じようにすぐに手当てをすればこじらせることもあまりありませんし、自分や家族へのダメージも少なく治療も短期間で済みます。

今回は心の傷を引き起こす代表選手である、トラウマについて取り上げます。

近年、心理学や脳神経生理学などの研究が進むにつれて、トラウマについての理解が格段と進化し、そのメカニズムや治療法も確立されてきました。そして、事故や災害、暴力などといった生命を脅かす出来事が引き金になって起こるトラウマだけでなく、「スモールt」トラウマといわれる、比較的誰もが経験するような出来事でさえも、トラウマとなることがわかってきました。

今回はトラウマとは何か、そのメカニズムと治療方法について取り上げます。サクッと聞きたいときはポッドキャストで聞いてくださいね。

トラウマとは

「トラウマ」というと、どういうことを想像しますか?

おそらくは、事故にあったり被災したり何らかの暴力の被害者となるといった、生命を脅かすような怖い出来事によってできた、心身の深い傷を想像するのではないかと思います。私自身、トラウマについて何も知らない時はそのように思ってきました。しかし、心理学を深く学び心理カウンセラーとしてクライアントさんとかかわるうちに、その概念が変わりました。

トラウマは一部の人だけにおこる特別な出来事ではありません。事故や災害、そして暴力といった非日常的な出来事は、確かに心と身体に深い傷を負わせます。しかし、日々の生活において誰もが経験するような出来事でさえも、その人にとってインパクトのある出来事であれば、その爪痕が深い心の傷となって後々の人生に影響を与えます。そして、その体験のせいで生きづらさを感じたり、人間関係がうまくいっていないというケースは、思ったよりたくさんあることに気が付きました。

私たちは何か生命を脅かすような怖い出来事を体験すると、その出来事が終わった後でも何らかのきっかけで激しく動揺し感情的になることがあります。そのような感情的な反応は、時には日常生活だけでなく心身の健康に深刻な影響を与えることもあります。これをトラウマと言います。

トラウマを経験すると、その後に何らかのきっかけで激しく感情的になり、恐怖感や無力感、不安や気分の落ち込みを体験します。人によっては過覚醒で夜も眠れない状態になったり、現実感がなくなったり、悪夢やフラッシュバックを体験することもあります。これらの症状は一時的な場合もあれば、長期間に及ぶこともあります。

トラウマは現在の精神医療では大きく2つに分けられていて、「ビッグTトラウマ」と「スモールtトラウマ」と呼ばれています。

ビッグTトラウマとスモールtトラウマ

「ビッグ T 」トラウマ

「ビッグ T 」トラウマは、生命を脅かすような出来事や思いがけない喪失体験により、その後も長期にわたって精神的な苦痛を経験する場合を指します。心的外傷後ストレス障害 (PTSD) などがその症状の代表的なものです。

  • 身体的、精神的、または性的虐待にあう
  • ネグレクトにあう
  • 事故または自然災害にあう
  • 暴力を目撃したり経験したりする
  • 愛する人の突然の喪失体験
  • 生命を脅かす病気やけがをする
  • 戦争、政治的暴力に巻き込まれる
  • 組織的な抑圧または差別をうける

大抵「トラウマ」と聞くと、想像するのはこのビッグTトラウマの方ではないでしょうか。

「スモールt」トラウマ

一方、「スモールt」トラウマは、生命を脅かすほどではない、日々の生活で比較的だれもが経験するような出来事や喪失体験により、その後も長期にわたって精神的な苦痛を経験する場合を指します。「スモールt」トラウマは、「ビックT」トラウマに比べると比較的軽微な出来事かもしれません。しかし、個人にとっては辛い経験であり、心理的な影響を及ぼします。

以下に、スモールトラウマの例をいくつか挙げます。

  • 学校で友達からイジメられる、または嫌がらせを受ける
  • 目の前で車の事故を目撃する、または危うく事故を起こしそうになる
  • 親が別居したり離婚したりする。自分が別居したり離婚したりする
  • 失恋や友人との喧嘩などの人間関係の問題
  • 怖い映画や本を見た後の悪夢や不安感を体験する
  • 流産や堕胎、死産などを体験する
  • 仕事や学業での継続的なストレスを受ける
  • 急な収入の減少や失業などの経済的な問題
  • 性的な言動や体の一部を見せられるなどの性的被害を受ける

人によっては不安や怖れ、気分の落ち込み、緊張やストレス、イライラや嫌悪感、モチベーションや自尊心の低下、心的外傷後ストレス症状などを引き起こし、生活や人間関係に支障をきたしたすこともあります。このように、誰もが体験するような出来事であっても、トラウマになり得るのです。

スモールtトラウマの例

スモールトラウマの例をはなしましょう。

Aさんの以前の上司が大声で怒鳴る人で、仕事の件で呼び出されては「お前はバカだ」「なんでこんなことも出来ないんだ!」などとののしられ、そのたびに心臓がどきどきして消えてなくなりたいと思いました。結局、その職場は退職し、新しい職場を見つけて、そこでは順調に仕事ができていました。しかしある日、新しく配属された先の上司が以前の上司に似た雰囲気の人で、その上司と話をするたびに少し動悸がしたり不安な気持ちになったりするようになりました。ある日、二人きりで個室で面談があったときに、上司がAさんの仕事について指摘することがありました。決して怒鳴られたり叱られたわけではありませんが、Aさんは「この上司もきっと、モラハラをする人に違いない」と確信を持ち、その日から会社に行くことができなくなりました。結局、そのまま会社は休職し、家にいても不安や抑うつが強く、食欲が出ずなにもやる気も出ない状態です。

カウンセリングを受ける中で、Aさんは中学生の頃にいじめにあったことを思い出しました。そのため、自分への評価が低く「周りに嫌われているのではないか?」とびくびくして、我慢してしまっていました。しかし高校では友達もできて、大学を卒業して就職も出来たと思っていましたが、モラハラをする上司がきっかけで、またいじめられていたころのように、自分に自信がなくなり、不安感や動悸を感じるようになったのでした。中学時代のいじめという小さなトラウマの心の傷はまだ癒えておらず、Aさんの心の奥にいまだにしこりとしてのこっていて、後々の人生に大きな影響を与えているようでした。

トラウマの影響は実際の出来事の大小にかかわらず個人によってさまざまです。ある人にとってはトラウマであることが、別の人にとってはそれほど大きなトラウマにならないこともあります。

例えばコロナのパンデミックは、集団トラウマだという専門家もいます。コロナで行動を制限され、家の中に長期間閉じ込められた時、私たちは孤独感や不安をより強く感じたと思いますし、同じ人たちと毎日過ごすことでストレスを覚えた人もいるでしょう。仕事を失ったり、収入が減ったり、転職を余儀なくされた方もいるかもしれませんし、近い肉親がコロナで亡くなったことによる喪失感を感じた方もいるかもしれません。

スモールトラウマは時間とともに癒されることも多いですが、時間がたってもいつまでもつらい思いをすることもあります。忘れたと思っていても、ふとした拍子に恐れや不安や心の痛みがよみがえってくるというのであれば、それはただ単にトラウマを記憶の底に押し込めているだけで、癒されたわけではないのかもしれません。

重要なことは、そのトラウマをうけて傷ついて辛い思いをしている自分に対して、「このくらい誰でも経験していることだし、こんなことで落ち込むのはおかしい。」などと問題を軽視せず、適切なサポートや治療をうけるということです。

トラウマのメカニズムー『身体はトラウマを記録する』

トラウマは怖い過去の記憶というだけではなく、脳の構造や機能に変化を引き起こすということが最近の脳神経生理学の研究で明らかになっています。

「The body keeps score(身体はトラウマを記録する)」を書いたベッセル・ヴァン・デル・コーク博士は、トラウマ治療を専門とする精神科医です。ヴァン・デル・コーク博士は、トラウマ体験が脳や中枢神経に大きな影響を与え、気づかないうちに体に蓄積される可能性があるといいます。

『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』ーベッセル・ヴァン・デル・コーク著

人がトラウマ的な出来事を経験すると、闘争逃走(Fight or Flight)反応が体内で活性化されストレスホルモンが放出されます。ストレスホルモンが長期にわたって放出されると、脳の情報処理能力に影響を与え、脳の神経細胞をダメージを与えたり、新しい神経細胞の形成を妨げたりする可能性があります。

また、ストレスホルモンは脳の前頭葉や海馬などの領域にも影響を及ぼし、記憶や学習能力が下がり、衝動を抑える能力の低下を引き起こすことがあります。さらに、長期にわたるストレスは、脳内の神経伝達物質のバランスを崩し、うつ病や不安障害などの精神疾患の発症リスクを高めたり、慢性的な痛みや頭痛、消化器系の問題を引き起こす可能性もあることがわかってきました。

このようにトラウマは単に過去の記憶だというのではなく、後々の心身の健康にまで直接に影響を与えていることがわかりました。

トラウマの治療法

トラウマの治療法には大きく分けて二つあります。一つはトークセラピーといって話すのが中心になる治療法です。例えばカウンセリングや認知行動療法がこれにあたります。そして二つ目はソマティックセラピーといって、話すのと同時に身体の感覚へアプローチする治療法があります。

トークセラピー

トークセラピーの中でも、これまでトラウマの治療法として行われてきたのは、エクスポージャーセラピー(暴露療法)です。これは不安や恐怖などの精神的な問題を扱うための、認知行動療法の一種です。エクスポージャーセラピーでは、安全な環境の中で、個人が直面している恐怖や不安の対象に徐々に繰り返し、触れたり思い出したりしていくことによって、恐怖感や不安感を軽減していくというものです。これは、比較的コントロールされた環境の中で安全に行うことができる治療法です。

、エクスポージャーセラピー、暴露療法

ソマティックセラピー

最近のトラウマ治療のトレンドとしては、脳神経生理学に基づいたソマティックセラピー(身体的な治療法)を用いるのが主流になりつつあります。ソマティックセラピーには、EMDR、EFT、センサリモーター・アプローチ、ニューロアフェクティブ・リラクセーション、ボディーワークなどがあります。

1.EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法)

EMDRは、トラウマに関連するイメージや思い出を取り上げ、その同時に目の運動などの刺激を与えることによって、トラウマに関する感情や身体的反応を軽減することを目的とした治療法です。EMDRは、トラウマによって傷ついた記憶を再処理することで、トラウマからの回復を助けます。

2.エモーショナルフリーダムテクニック(EFT)

EFTは、経絡にそって身体的な刺激を与えながら、トラウマに関連する思いや感情を認識し、アファーメーション(肯定的な断言)を行うことによって、トラウマの影響を軽減することを目的とした治療法です。EFTは、身体のエネルギーを整えトラウマからの回復を助けます。

3.センサリモーター・アプローチ(Somatic Experiencing) 

センサリーモーターアプローチは、トラウマ治療のアプローチの一つで、身体感覚と運動機能に注目し、トラウマ体験に基づく身体的な反応を軽減することを目的としています。この治療では、クライアント自身が身体感覚を意識し、深呼吸、リラクゼーション、緊張緩和、身体的なストレッチやエクササイズなどのテクニックを学んで、実践することで、身体的なストレスを緩和することができるようになります。

4.ニューロアフェクティブ・リラクセーション(NAR) 

ニューロアフェクティブ・リラクセーションは、身体的な感覚と感情を一体化することに焦点を当てた治療法です。クライアントは自分の身体感覚を感じながら、トラウマに関連した感情やイメージを思い出し、セラピストは呼吸や筋肉の緊張を観察しながら、トラウマからの回復を助けます。

5.ボディーワーク 

ボディーワークは、身体を通じたトラウマ治療法の一種です。マッサージやアクアテラピー、ヨガなどの技法を用いて、身体的なストレスや緊張を解消し、トラウマからの回復を助けます。

どの治療法も、トラウマに関連した感情やイメージ、思考を思い出しながら、身体感覚を感じたり、感情の解放を行ったり、呼吸を整えリラックスすることで、トラウマの影響を軽減することを目的としています。これらの治療法には専門家の指導のもとで行うことが重要です。

私自身のトラウマ治療体験

私自身、カウンセリングを受ける中で数々のトラウマを治療してきました。私のトラウマはスモールtトラウマばかりでしたが、例えば、小さい時に弟が大けがしたのを目撃したこと、学校でいじめられた体験や信頼していた教師による体罰、祖母の死、そういった経験のすべてが私の心の傷として残っていました。そこでセラピストがソマティックセラピーの手法を使ってトラウマを解消していきました。

治療中は体の中から感情エネルギーが抜けていく感覚をじかに体験することができました。そして、それまではその出来事を思い出すたびに、胸が痛んだり悲しくなったり自責の念に駆られたりしていたのが、トラウマの記憶は思い出しても、それにひもづく感情は何も感じなくなりました。

その時に、ソマティックセラピーのすごさを体感したのを今でも鮮明に覚えています。私自身そのあとにソマティックセラピーを学んで体得し、カウンセリングにおいても、認知療法とソマティックセラピーを組み合わせた治療法を用いておこなっています。

まとめ

トラウマを経験すると、その出来事が終わったあとでも、あることをきっかけに感情的に激しく動揺したり、不安になったりすることがあります。このような反応は、日常生活や人間関係に深刻な影響を与えます。

トラウマの影響は実際の出来事の大小にかかわらず個人によってさまざまです。ある人にとってはトラウマであることが、別の人にとってはそれほど大きなトラウマにならないこともあります。トラウマは、身体に刻み込まれた心の傷であり、トラウマを解放することは、自分の人生を過去から解放することに繋がります。

今ではそのメカニズムも解明されており、治療法も確立しています。トラウマで傷ついて辛い思いをしている自分に対して、「このくらい誰でも経験していることだし、こんなことで落ち込むのはおかしい。」などと、さらに頑張らせるのは逆効果です。今では様々なところでサポートを受けられますので、ぜひ勇気を出して相談してみることをお勧めします。

私の方でもトラウマに関する無料相談を受け付けています。よかったら話に来てみてくださいね。

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ABOUTこの記事をかいた人

マレーシア在住 心理カウンセラー・アロマクラフト講師。海外在住歴20年以上の経験から海外在住者ならではのお悩みや、国際結婚をした女性を対象としたカウンセリングを得意とする。子育てや夫婦関係の悩み、親子関係のトラウマなどを感情から開放するセラピーをオンラインにて提供中。